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私たちがサポートする
お客様の声をご紹介いたします。

医療法人清光会 | 理事長 名和隆英さん

亡き父の思いを分かち合える親族のような存在

岐阜県瑞穂市の名和内科をはじめ、岐阜市の岐阜清流病院の運営、介護事業などを手がける医療法人。先代の頃から顧問税理士として仕え、現・理事長が高校生の頃から成長を見守ってきました。先代亡き後も、永年築いてきた信頼関係と強い絆で法人の運営をバックアップ。お父様の遺志を継ぎ、地域のために尽力する理事長、法人全体を支え続けます。
名和理事長
名和理事長
初めてお会いしたのは高校2年の時だったかな。当時、顧問税理士だった方が急逝し、同じ税理士事務所の同僚だった三田村先生に父が電話していたのを覚えています。その後、父の病気が発覚して死期が近いことを知らされた後も、残された時間でできる限りのことを受け継げるように、三田村先生にいろいろと指南していただきました。
三田村
三田村
まだ税理士として駆け出しの頃から、お父さんには本当によくしていただいて、人間として育てていただいた師匠のような方です。病気のことを聞かされた時、お父さんは淡々と他人事のように話されていましたが、私は涙が止まらなかった。
名和理事長
名和理事長
確かに最後まで、自分のことより残される職員や家族のことばかり気にかけている人でした。父が亡くなり、理事長に就いたのが26歳か27歳くらい。研修を終えたばかりで、医師としても駆け出しの私が、経営のことなんてわかる訳もなくて。いまだに経営やお金のことには疎いので、三田村先生に任せっ放しでおんぶに抱っこです。
三田村
三田村
岐阜清流病院の運営を引き継ぐ時も、課題は山積していたものの、決意は揺るぎないと思いました。一度決めたら突き進むところはお父さんに似ているよね。だから私も気持ちを尊重し、否定的な情報を伝えるのではなく、どうしたらスムーズに進められるかを考えることに徹しました。
名和理事長
名和理事長
父はとにかく地域のために力を尽くす人だったので、その遺志を継ぎたいという私の思いを汲んでくださったのが三田村先生でした。父は経営者としても医師としても個人的にも、常に目標の存在。死んでしまった今となっては一生追い越せない存在なので、背中を追い続けることになるのかな。
三田村
三田村
私は先生にとって、家族でもないし、法人の職員でもない。でも顧問税理士だとも思っていないんです。家族に一番近い親族のような気持ちで、先生や先生のご家族、法人の将来にずっと思いを寄せていきたいと思っています。
名和理事長
名和理事長
ありがとうございます。お願いですから、いつまでも元気でいてくださいね(笑)。
季節の会席料理・仕出し 魚茂 | 女将 杉本智代さん

法人成りを支援、緻密な税務管理でコロナ禍もアシストを

先代が、鷺山本通りに鮮魚店を開業。仕出しや鮮魚のお店を営む中で、当代の大将である康彦さんが飲食業態を核とした営業形態に転換したのが平成12年。経理を担当している女将の杉本さんは、帳簿など経理が煩雑になりつつあったことから、転換期を前に三田村税理士事務所の門を叩きました。
杉本さん
杉本さん
飲食店として店舗を持ちたいと主人に相談された時は戸惑いましたが、一度きりの人生ですし、一緒に挑戦することにしたんです。でも当時青色申告で帳簿も手書きで付けていたので、お店を大きくするならまずは経理面をきちんとしなくてはと思い、電話帳で税理士の方を探したんです。子供も幼かったので、近所だったという理由で三田村先生の事務所に電話をして押しかけたのが始まりでした。こんな小さなお店でも受けてくれるのかなと不安だったのですが、手取り足取り、パソコンにソフトを入れるところから教えてくださって。パソコンを持って何度も通いました。
三田村
三田村
育児しながら親御さんの介護もされていて、本当にスーパーウーマンだなと思いました。
杉本さん
杉本さん
当初は会社設立なんて考えていなくて「法人成り」という言葉も知らない経営の素人だったのですが、社屋を建てる時の税金面など、会社にすることのメリットやデメリットをわかりやすく説明してくださって。もう少し売上を上げてから法人にしましょうとアドバイスをいただいて、1年間待ってから法人化しました。そのステップがすごく的確で、一歩一歩納得の上で進めることができたと感謝しています。
三田村
三田村
22年前に法人化してから、ずっと順調に推移していたけど、このコロナの影響は大きかったね。
杉本さん
杉本さん
お店としては一番大きな苦境ですね。でも先生の事務所でしっかりと税務管理していただいていたおかげで、ほしい資料や数字がすぐに出てくるし、わからないことは聞いたらすぐに教えてもらえるので、いろいろな手続きがスピーディーにできました。
三田村
三田村
後継ぎの息子さんも店を手伝っているから、将来が楽しみですね。
杉本さん
杉本さん
これからは先生の息子さんとも交流しながら、若い世代同士、新しいことにチャレンジしていってほしいですね。
丸金青果株式会社 | 販売部長 太田 匡隆さん・総務部長 小藪 果寿さん

挑戦を後押しして会社の成長を共に喜んでくれる

昭和初期から続く富有柿専門の「丸金青果」さん。“まあるい富有柿を通じて、多くのご縁をつなぎたい”という思いのもと、代々農園を守っています。税理士顧問としてのご縁は、2代目の時代から。2021年春からは、未来の5代目太田匡隆さん・小藪果寿さんが加わり、新風を吹き込んでいます。
小藪さん
小藪さん
本格的に家業を手伝うようになり、三田村先生と父の打ち合わせに同席したのですが、決算書の見方一つわからない状態からのスタート。わからないことがあったら「本やウェブで調べるよりも三田村先生に聞いた方が速いし、正確!」と思って、すぐに連絡しちゃっています。新しいことをやる時も頼りっぱなしです。
三田村
三田村
この1年の間にホームページを作ったり、SNSを始めたり、チラシを新しくしたり、いろいろな試みをしてきたね。クラウドファンディングも大きな挑戦だったんじゃない?チャレンジしたいという気持ちはできる限り応援したいから、否定するのではなく、どうしたらできるかという道筋を一緒に考えたり、必要な情報提供をしたりして、これからもサポートしていきたいと思っています。
太田さん
太田さん
父たちも事業のことで相談をすると「三田村さんに聞いてみたら?」「三田村さんがいいって言うならやってみたら」と全幅の信頼を置いている、丸金青果の強い味方です。農機具もどんどん古くなっているので設備面の更新時など、これからもいろいろ相談させてください。
小藪さん
小藪さん
これまでの丸金青果の歴史や家族関係、父たちの性格のこと、すベて踏まえてアドバイスをくれるので説得力があります。資料や数字の部分だけのお付き合いではなく、会社としての成長を一緒に喜んでもらえている感じがしてすごく嬉しい。
三田村
三田村
20代の若い2人が、次はどんなことにチャレンジするのだろうと楽しみにしていますよ!
いちご農家 | 国井隆伯さん

確定申告の苦悩から解放され、本業に専念できる環境に

地元のいちご農家で1年、「JA全農岐阜いちご新規就農者研修所」の第5期生として1年2カ月の研修を経て、いちご農家としての道を歩み始めた国井さん。今シーズンで9年目を迎える中、三田村税理士事務所では、税務管理全般を担当し、いちご作りに集中できる環境づくりにも一役買っています。
三田村
三田村
初めて税務の相談を受けたのは、起業して2年目くらいだったかな。
国井さん
国井さん
最初の1〜2年は自分で帳簿を付けて確定申告していたのですが、やっぱりデスクワークは向いていないですね(笑)。知識ゼロの状態で調べながらやっているので、正解かどうかわからず雲を掴むような気持ちでした。しかも税務署から問い合わせがあったとしても、根本的な知識がないので、返答する数字や根拠を示すのもひと苦労。そして何より、確定申告の時期がいちごの収穫時期と重なるということが最大の難点でした。自分で確定申告していた時は、寝る時間や休暇を削って経理処理を行なっていて。三田村先生に思い切ってお願いしたことで、時間的にも体力的にも余裕が生まれ、いちごの栽培や収穫に集中できるようになりました。
三田村
三田村
もともと、会社員として勤めていたから、税務や経理のことは縁遠くて当然だよね。
国井さん
国井さん
確定申告だけでなく、先生にお願いするようになって、節税対策などいちご作り以外の悩みがなくなったことは本当に大きかったですね。自分ではわからない部分でアドバイスをもらえたり、疑問に思ったことを聞くとすぐに答えがいただけたり。ストレスが減りました。
三田村
三田村
いちごは他の農作物に比べて収穫できる期間が長めだから、大変でもあり、楽しみでもあるよね。
国井さん
国井さん
いちご作りは仕組みを知れば知るほど奥が深くて、毎年新しい挑戦という気持ちで臨めるところが面白いです。ご高齢の農家の方が大勢いる中で、皆さんとても元気で生き生きと仕事をしている。その姿は憧れでもあり、目標です。自分も皆さんのようなパワフルな農家でい続けるために、今、この段階からできること、やるべきことをしっかり考えて取り組んでいきたいと思います。行く行くはハウスの増設なども視野に入れているので、また相談に乗ってください。